④よくある鑑別診断
~てんかん診療医の方へ~

④よくある鑑別診断

それでは、④に移ります。
実は、てんかんというのは非常に誤診しやすい病気なのです。

図51
ここではてんかんとよく間違われる3つの疾患をあげました。1、2、3が重要です。3について簡単に説明すると、アルコールを毎日大量に飲んでいる人が急に断酒すると、1~2日後にけいれんをおこすことがあります。最初にやりましたが、てんかんの診断は非誘発性の発作が2回でしたね。なので、申し訳ありませんが、アルコール依存症レベルまで飲酒を続けている人がけいれんをおこしても、それは誘発発作(原因が明らかな発作)であり、てんかんの診断としてはノーカウントです。なので、私はそのような患者様を診察するときは、「お酒をまずやめてください。断酒して2,3週間たって以降のけいれんがあれば、それはてんかんのけいれんかもしれません。逆に冷たいようですが、断酒しない限りは何度けいれんしようが、てんかんの診断はいつまでたってもできません。」と説明し、患者様の希望があれば、アルコール依存症の専門外来に紹介状を書きます。まあ、実際には紹介状を希望されずに、酒も辞めない人が大半なのですが…。

図52
てんかんとの鑑別で一番大切で数も多いのが失神です。図を見てください。なんと失神には目の前が暗くなったり、血の気が引く感じがしたり、といった前兆があり、その後、意識を失い、さらに、御丁寧なことにけいれんまですることもあるのです(けいれん性失神と呼びます)!!さらに難解なのですが、一般的には失神した後は、てんかんの場合の発作後もうろう状態とは異なり、すぐに意識がもどって、シャキッとして受け答えができるようになります。しかし、しかし、です。失神した後に、意識がボーっとしてなかなか回復しない人もいるのです。ここまでくると、てんかん発作と瓜二つです。実際に、私が診察しても、てんかんか失神か悩ましい症例は時々見られます。
てんかんではバタンと倒れる発作は稀です。症候性全般てんかん(小児期発症のとても難治なてんかんでしたね)の方が、強直発作(強直間代発作とは違いますよ)を起こして、バタンと倒れることはあるのですが、このホームページでは思春期以降に発症するてんかんをメインに解説していますので、ここでは無視しましょう。大丈夫です。繰り返しますが、症候性全般てんかんは小児科医が診断をすでにつけてくれています。CPSはどうだったでしょうか?ボーっとして立ち尽くしたり歩き回ったりすることが多いのでしたね。歩き回ってなにかにつまづいて転倒することはあり得ます。でも、発作が始まってボーっとしたと思ったらバタンと倒れるCPSは基本的にありません。GTCも立っているときにおきればもちろん転倒します。でも、バタンとは倒れません。手足が硬直していって、最終的には倒れることが多いですが、バタンとは倒れないのです。

図53
図を見てください。失神の診断のコツ(これはてんかんの診断のコツとも共通するのですが)はズバリ失神した前後の状況を詳しく聞くことです。それに尽きます。どこでいつごろ何をしているときに倒れましたか?前兆はありましたか?倒れた後意識はすぐに戻ってきましたか?など丁寧に1つ1つ聞くしかありません。起立直後にしか起きない、など意識消失が起こるシチュエーションに偏りがあれば、それは失神の可能性が高くなります。余談ですが、中高生の女子なら、音楽の授業中に歌を歌っている時に倒れる人が良くいます。もちろん失神が疑わしいです。ここで、ポイントとなるのは、高齢者の失神であれば、一度は循環器内科の受診を勧めましょう、という点です。失神にもいろいろあるのですが、一般的に心臓の弁膜症や不整脈による失神は早期診断、早期治療が重要なものが多いです。高齢者では他の年代と比べて、心臓性の失神が多いわけですね。もちろん、医師の判断で、若年者であっても心臓性の失神が疑わしい場合(横になっている時に失神する、胸痛を伴う、家族に突然死した人がいる、など)は、積極的に循環器内科を勧めましょう。てんかん発作そのもので死ぬことは滅多にありませんが、心臓性の失神は次起こると死ぬ場合があり、重要度がまったく違うからです。

図54
PNESとは日本語では心因性非てんかん性発作と呼ばれます。要は、ストレスが原因で起こるけいれんや意識障害(厳密には意識は保たれているのですが、無反応になります)ですね。今では使われない用語ですが、昔でいうヒステリーみたいなものです。図のような特徴が有名です。図の補足説明をします。

首を左右に振るというのはここまでこのホームページで勉強した人ならすでにてんかん発作っぽくないことがわかるでしょうか?たとえば、てんかん発作で首が右に曲がっていくのは、左の前頭葉が興奮している症状でしたね。そして、首が今度は左に曲がるというのはてんかん発作なら右の前頭葉が興奮している証拠です。ということは、首が左右に振られている時、左の前頭葉、右の前頭葉とリズミカルに脳の神経細胞が交互に興奮しているということになります。これはてんかんとしてはありえません。すでに勉強したように、てんかん発作で左右どちらの脳にも興奮が伝わっているなら、二次性全般化を起こして全身がけいれんしているはずだからです。同じような理由で、腰をふる、右手がピクピクしたと思ったら左足がグーっと突っ張るなどの症状も、てんかんの電気学的症状と矛盾することが理解できるかと思います。他にも、「両手が同時にしびれだしました」もてんかんっぽくないですよね?

発作時間が長いこともPNESによくある所見です。以前説明しましたが、例外はあるものの、一般的にはてんかん発作はSPSで始まっても数分以内には二次性全般化となり、全身けいれんを起こして終わりでした。しかし、PNESの場合、30分以上続くことが稀ではありません。ただし、時間が短いPNESもありますので、一概にはいえないところです。そこで、ちょっとしたコツとしては、家族などに「今度発作が起きたら、携帯で動画を取ってきてください」と伝えてみてください。普通のCPSやGTCなら携帯の動画を取ろうと、携帯を取りに行き、アプリを立ち上げ…、とやっているうちに、1~2分経ってしまい、発作がもう終わってしまっているか、最後の一部分しか撮影できないことが多いのです。しかし、PNESなら時間が長いので、ばっちり撮影できることが多いのです。一つの参考にしてみてください。

そして、もう一つ大事なことはPNES中は閉眼していることが多いという点です。私はこれまでに150件前後のビデオ脳波の解析の研修をさせてもらいましたが、はっきりいって、真のてんかんのCPSやGTC中に閉眼していた人は記憶にありません。みなさん、開眼しています。特に睡眠中にGTCを起こす人などは、ビデオ記録を見ていると、寝ている段階からまず目がパチッと開き、そこから、「ううううう」と唸りながら、全身けいれんを起こしていきます。個人的にはこれが一番お手軽にPNESを見分けるコツだと思います。ただ、真のてんかんなら開眼しているということはほぼ正しくても、開眼しているから真のてんかんという逆の命題は成り立ちません。PNES中の人でも開眼している人もいます。ただ、多くは閉眼しているというだけです。

さらに、軽度知的障害のかたがPNESをおこしやすいということも言えると思います。そもそもPNESはなぜ起こるのかというと、心にストレスがかかり、それが処理しきれなくなったから体の動きとして出てしまうわけです。重要なポイントですが、本人は決して気を引こうとしてわざとやっているわけではありません!!普通の人なら、嫌なことがあったとき、嫌という、人や物に八つ当たりする、酒を飲んで忘れる、運動やカラオケをしてリフレッシュする、趣味に打ち込むなど色々回避方法があるわけですが(それが健全なストレス解消法かどうかはさておき)、知的な問題があると、それがうまくできない人が多いのです。そうして、心にストレスをためやすくなります。簡単に言うと、すぐにアップアップになりやすいのです。逆に、臨床の経験上、知的障害が重くなると、PNESを起こす人は減ってきます。私としては、ある程度の知的能力がないと葛藤を感じることすらできなくなるからだと思っています。さらに、知的障害の程度が軽いと、それだけ作業所や障害者枠などで働いている人が多くなり、ストレスも多いけれども、ある程度重度の知的障害の方だと、比較的ストレスのかからない環境で過ごしていることも関係しているのではないかと思っています。さらに、個人的には一番割を食っていると思うのはIQ70~80代の方だと思うのです。個人的な意見が続いて申し訳ないのですが、一般的に社会のシステムというのはIQ90~110の方(ここに当てはまる人が大多数)に合わせて作られていると思うのです。そうなると、IQ70~80代の方は大変です。知的障害の診断基準はIQ70が一つの目安です。そうなると、例えば、IQ73の人はどうなるのでしょうか?もちろん病気ではないわけですから、人並みの仕事量をこなすことが期待されます。本人は頑張っているつもりでも、どうしても他の人についていけない部分が出てきて、職場にもよりますが、そこで注意や指導を手厳しく受けたり、同僚や上司から馬鹿にされたりすることがあるわけです。そのような状況の中、ストレスをためてしまうことが多いのも想像に難くありません。以上は精神科医としての私の個人的な経験をもとにした感想ですので、正確ではないかもしれませんが、少しでも参考になれば幸いです。最後に逆のことも言いますが、もちろん、数は少ないですが、知的に高い方でも葛藤が処理しきれないとPNESを起こすことはあります。ただ、私の経験上、これは私の歴代の勤務先が、民間の単科の精神科病院であったことも関係しているかもしれません。例えば、もっと都会にある大学病院の精神科には知的に高いPNESの方の割合が多いのかもしれません。

さて、説明が長くなってしまいましたが、図の太字の「真のてんかんの患者様がPNESを後から合併することもある」という事実も重要です。本来こんなことがあってはならないのですが、実際に、てんかんのせいで、就職面接で落とされた、縁談がダメになった、親戚に馬鹿にされたという話はいまだに時々耳にします。てんかんを持っていること自体を大きなストレスに感じる方もおられることでしょう。そのような方の中の一部がストレスにより二次的にPNESを起こすようになっても不思議ではありません。私の場合、そのような方には「この発作はあなたの真の発作です。この発作はおそらくストレス性のものなので、起きても気にしなくて構いません。」と別々に説明しています。日本でも近い将来、「私はてんかんで薬を飲んでいるんですよ。」というセリフが、「いやあ、血圧高いって最近医者に言われてさあ、薬処方されたんだよね~。もう少し食事に気を付けないと。」と同じノリぐらいで言える社会がくることを望んでいます。

結局のところ、PNESをお手軽に診断する術はありません。一番有効なのは、矛盾するようですが、様々な発作のタイプに熟知しているてんかん専門医の「そんな発作はてんかん発作っぽくないな・・・」という直感であると思います。究極的には除外診断なのですね。ビデオ脳波モニタリングを行うと、症状は起こっているのに脳波は正常であり、診断できることもあるのですが、全員に行える検査ではありません。それだけPNESの診断は難しいのです。

最後にPNESの治療について説明します。知的障害の有無にかかわらず、本人に「この発作はストレス性です」と伝えることが重要です。それだけで安心して治る人もいます。逆に発作が増える人、頻度が変わらない人もいます。そして、家族や周りの人にも「この発作はストレス性です」と伝え、さらに、「ストレス性なので発作が何時間続いても大丈夫です。いつもの発作なら1,2時間は様子を見てもいいです。ただし、明らかに普段の発作と違ったり、迷った場合には救急車を呼んで構いません。」と伝えます。このように助言をすることで、周囲の人も安心できます。私の経験上、PNESの方が、いつものPNESを起こしていたと思って様子を見ていたら、実は重大な身体疾患であり、そのまま死亡してしまったというケースは一人もいません。知的に高い方の治療はカウンセリングや精神療法が有効かと思います。知的に低い方の場合は、作業所での人間関係で悩んでいたり、仕事が本人にとってきつすぎたりといった割と分かりやすいストレス因があることも多いので、そこを医師が指摘し(場合によっては短時間労働が望ましいなどの診断書を書いて)、周りに配慮してもらうことも重要と思われます。後はPNESが無くならなくても、医師が一喜一憂しないことです。診察でも「そうですか、今回もストレスの発作が起きちゃいましたか・・・。」ぐらいにとどめ、「ところで、やるべきこと(通学、通所、仕事、家事、など本人の役割)は出来ていますか?」と出来ていることに目を向け、そちらを評価、称賛しましょう。こちらが何もしなくても、患者様の生活状況が変わって、ある日あっけなく治ってしまう人もいますから、気長に患者様と付き合っていく、というスタンスでもいいのではないか、と思います。

Column:私の誤診例

私の患者様で、知的障害を伴う男性のかたで、「うちの弟はとにかくコケるんです。とことこ歩いて行って最後にはコケちゃう」と一緒に来院されたお兄さんが証言するかたがいらっしゃいました。本人に何度問診しても「コケます。痛いです。」というだけで、その時に意識や記憶があるのかないのかもはっきりしません。私はPNESを疑いました。しかし、ビデオ脳波入院をさせてみたところ、その症状は複雑部分発作でした。確かにボーっとしながら歩行自動症で歩いていき、壁にぶつかってコケていたのです。初診の時の私は、「コケるのはてんかんくさくないなぁ」と内心思っていたのですが、危うく見過ごすところでした。

図55
さて、PNESに関係してくるので、ここで生育歴について説明します。図55は生育歴のカルテ記載の架空の一例です。生育歴とは、その患者様がどのような人生を歩んだかを記したものです。私の場合は、大体5~10分で初診の最後に聞くようにしています。私の場合、どこで生まれたましたか?兄弟は何人ですか?生まれてすぐに胎児仮死があったとか長期間に保育器に入っていたとか言われたことはありますか?生まれ育った家庭に問題はなかったですか?例えば、虐待されたとか、すぐに両親が離婚したとかです。小学校生活はどうでしたか?いじめられたり、不登校になったりとかはなかったですか?中学校はどうでしたか?いじめられたり、逆に不良になって学校行かなくなっちゃったりとかなかったですか?友達はいましたか?部活はやってましたか?学校の成績はどうでしたか?上中下だと一言でいうと、どのくらいでしたか?高校はちゃんと行きましたか?普通科ですか?定時制ですか?停学や退学になったりしませんでしたか?高校卒業後、どうしました?働き始めましたか?大学に行きましたか?大学では何学部に行きましたか?その後、どんな会社のどんな部署で働きましたか?正職員ですか?派遣ですか?今の会社は何社目ですか?今の会社では勤続何年目ですか?結婚したことはありますか?と言った具合です。慣れると10分以内に聴取できます。患者様本人を理解するうえでとても役に立ちますので、初診のときに簡単でもいいので、聞いてみることをお勧めします。高齢者であれば、問診の時短のため、いきなり、最終学歴は?あたりから聞くこともあります。ただし、ざっと日本の歴史を知っておきましょう。今の高齢者の方が若かった時の日本社会全体の文化や経済や生活水準など、どのようなものだったかおおよその理解がないといけません。例えば、50年前と現在では大学進学率や離婚率や1世帯あたりの子供の数など異なりますよね?!

図56
これは、PNESを起こしそうな2パターンの生育歴です。もちろん架空の症例であり、このような生育歴だからといってその方がPNESを起こすとは言えません。図55と違い、少々複雑ですよね。精神科医はこの生育歴だけで何かを決めつけることはありません。診断の参考にする程度です。

図57
他に数は少ないですが、知っておくべき疾患を2つ紹介します。図に答えは書いてしまっていますが、これはレム睡眠行動障害です。高齢男性が夜間に大声や暴力などを起こしたら、真っ先に考える疾患です。ポイントはてんかんと違い、声掛けによりすぐに目が覚め、その直後に本人に質問すると、「夢を見ていた」とはっきり覚えていることです。てんかんなら、声を掛けたところで意識がすぐに戻ることはあり得ません。てんかんではないので、発作後もうろう状態はありません。

図58
この症例を診察した時に、16歳で手足がピクつくと聞いたので、私はJMEで決まりだな、と思ってしまいました。しかし、足がぴくっとして力が抜けるという症状は運動直後にしか起きないというのです。もちろん、起床直後には症状はありません。私は運動直後にしか起きないというので、てんかんっぽくないなと思いながらも、自信がなく、ベテランの小児科のてんかん専門医に相談してみました。すると、その先生は私の質問を聞き終わるや否や、「それは先生、てんかんじゃなくて、PKDですよ。」とすぐに教えてくださいました(さすが小児神経専門の先生!)。調べてみると、教科書には、「1~20歳で発症」「男に多い」「発作は通常30秒以内の持続時間で、ジストニアなどの症状を伴い、運動直後に起きる」など、症例と確かに当てはまるのです!しかももっと調べてみると、「てんかんではないが、抗てんかん薬がよく効く」とも書いてありました。ややこしいですね。

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